末期癌、余命宣告、余命○ヵ月、ステージ

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母の経緯

進展型小細胞肺癌でターミナルケアの段階になった母の状態が進行しています。

2023年1月:小細胞癌が発覚(骨転移、脳転移、肝転移あり)
その後4クールのファーストライン化学療法と放射線治療

2023年6月〜7月:今思えば一番回復した時期。1人で歩行器を使いスーパーに買い物に行けるまで回復

2023年8月;再発 セカンドライン(カルセド)開始。副作用強く昏睡。治療中止(本人の希望と先生の判断)

2023年9月:退院。家で穏やかに過ごす日々

2023年10月末:ある日突然ベッドから起き上がれなくなる。

今までは1人でトイレに行けていたが、10/28頃に高めの段差を上がることが出来なくなり、10/29にはベッドから立てなくなる、10/30にはベッドで寝ている状態から座る体勢になる事も自力ではできなくなる。トイレにも車椅子を使って移動。排泄介助が必要になった。オムツは常時付けているが、まだその辺のコントロールは出来ている状態。本人曰く、左足に力が入らなくなったとのこと。見ていてもそれは感じる。

2023年11月2日:訪問医療のチーム初診療。同日に介護用の3モーターベッド導入。ポータブルトイレも。

しかし頭はまだ元気。
外食に行きたいと希望することもあるし、孫の文化祭に出向きたいという気持ちもある。


癌患者の経過を説明する時によく目にするグラフがあります。

末期癌、余命宣告、余命○ヵ月、ステージ (1)

癌は比較的緩やかに下っていき、最期の1.2ヵ月前に急激に症状の変化が現れるという情報を良く目にします。
訪問医の先生にも確認しましたが、今の母の状態は、グラフでいう急降下を始めた部分と考えて良いとのことでした。

------------【2025年11月に追記】-----------

あれから2年経ちます。
久々にブログを読み返したので、その後の事を追記しておきます。

2023年11月3日:孫(母にとって)の通う学校の文化祭に行きたいという事で車椅子で連れて行く。コレが最後の外出になる。

2023年11月5日:家のトイレでは間に合わない為、簡易トイレをベッド横に置く。トイレの際は2人がかりでの介助が必要に。オムツへの排泄も度々。

2023年11月11日:訪問入浴を利用。久しぶりの入浴で気持ちよさそうでした。16:00頃入浴を終え「睡眠」。18:30頃夕ご飯の為に声をかけるが応答無し。目は開いている。多分話してる内容も理解しているように感じるが反応がない。救急車で病院へ。

意識が無くなったのは"低ナトリウム血症"が原因。肺小細胞がんでよくおきる合併とのこと。食事量が減ったことと、本人が処方されていた"塩"の摂取を拒んでいたことなど、色々な要因が重なったためか?

病院に搬送され処置を受け病室で面会した時は、低ナトリウム血症による痙攣が始まっており見ていてとても辛かった。医師からは「今晩から明日にかけてかもしれない」と説明があり、地方に住む家族を呼び寄せた。

2023年11月14日:痙攣がだいぶ治まる。目を開けてコチラをみたり、手を差し伸べて手を握ったり出来る様になる。が、喋ることはできない。医師からは「凄い生命力」と言われたが「このままフェードアウトしていくことになる」と言われる。本人の希望通り「苦しいのは嫌」という事が無いよう対処して貰うよう医師に依頼

2023年12月2日早朝:昇天

意識を失い危篤状態になってから約3週間でした。

【ホスピス】のこと

初診から最期まで、とある急性期病院でお世話になりました。都心にあるとても大きな病院です。急性期病院という事もあり緩和ケア病棟(ホスピス)はありません。

なので、10月ごろにとある都内のホスピスへの入所に向けて面談を済ませ、受け入れてくれる約束を取っていました。

ですが、訪問医の判断でそのホスピスへの入所のタイミングを決める矢先に意識混濁となり、元々世話になっていた急性期病院への緊急入院という形になりましたが、今思えば、救急車で向かう先をそのホスピスのある病院にするべきだったかな?というのが正直な所です。

訪問医のチームとも初診のみの顔合わせで、2回目の訪問の前日に容体急変となったため、コミュニケーションが薄かったこともあり、急変の歳の電話での指示も曖昧で、バタバタする内に元の病院へ搬送となってしまいました。

ホスピス関連はもっと早く動くべきだった

というのが後悔の残るところです。

やはり、ホスピスでの最期と急性期病院での最期では、色々と対応が違いますからね。

実は、少し安定した時期にそのホスピスへの転院が出来る様に担当医が動いてくれたのですが、転院当日の朝に再び容体が悪くなり、その3日後に亡くなりました。

----------------------追記終わり----------------------

色々な情報が溢れている

癌という病気に関しては沢山の情報がSNSやインターネットに溢れています。
僕は基本的にはあまり見ないようにしています。

ですが、ちょっと気になった、というか良く理解しておく必要があると思った「言葉」について少し書きます。

末期癌、余命宣告、余命○ヵ月、ステージ、終末期、緩和ケア

癌にまつわる上記の様な単語ですが、「僕的に、主観的に」誤った使い方をしていると感じるケースを良く見かけます。また僕自身、家族が癌になるまで誤認していた部分もあります

YouTubeやSNSで良く見かけるのが

「ステージ4の末期癌 余命3ヵ月からの復活」
「余命宣告2ヵ月からのサバイバー」

みたいなタイトルです。※僕が適当に作ったタイトルですので実際のコンテンツとは無関係です

ある意味希望をもらえる事でもありますが、少々ドラマティックに誇張されすぎた表現だと、実際に末期癌患者を抱える身としては感じます。

もちろん、そういった奇跡的な方がいることは事実だと思います

ステージ4 = 末期癌 ではない

ということ。

「末期癌」はもう治療が出来ない状態になってからのことを言うそうです。

「がんの末期」 =「治癒を目指した治療に反応せず、 進行性かつ治癒困難又 は治癒不能と考えられる状態
引用:厚生労働省


ステージ4 = 原発巣以外の臓器に転移している状態
なので、まだ治療が出来る状態は末期ではなくステージ4です。

母もステージ4でしたが、ファーストラインの治療や放射線には効果がありました。

もちろんステージ4の末期癌という状態はありますし、そこから奇跡的な回復をする方もいると思います。

この辺は言葉の問題なのですが、僕的には正しい言葉を使いたいと思うタイプなので、認識しておきたい部分です。


余命宣告、余命○ヵ月

余命宣告や残り○ヵ月というのも、状況に応じて表現方法が変わります。

母の場合、病院の確定診断が出た後に家族が呼ばれ、先生より、
「治療をして大体1年、しなければ3ヵ月から半年」という話を受けました。
これを「余命3ヵ月」と表現できるのは、治療をしない&出来ないというケースだけです。

治療しない場合の余命なのか、した場合の余命なのか

その辺は、ネットだけで無く、テレビドラマや映画など、エンターテインメントの世界でも演出目的で使用されているようなケースを多く見掛けるので、実際に患者を持つ身としては「なんか違う」と感じてしまいます。

あと治療の可能性がある段階では、余命は「分からない」というのが現実だと母を見ていて感じました。
大きく外れることは無いにしろ(高齢者の場合特に)。

ただし、危うい状況にあることは事実なので、急にその時が訪れる可能性があるという点は無視出来ない

母の場合、現在で告知を受けてから10ヵ月経ちます。
ですが、「余命3ヵ月からの復活」とは表現出来ません。

治療が終了し、緩和ケアに移行する際、担当医に質問すると
「残り数ヶ月」とのことでした。

この段階で初めて「余命数ヶ月」という表現になるのだと、実体験を通して知りました。


癌関係の情報は溢れています。

ちゃんとしたメディアリテラシーを持って、情報を引き出すことが大切だと感じています。

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