【長文報告】右耳の突発性難聴で1週間入院してました | 発症から今までの経緯とこれからの事

突発性難聴

昨日まで、右耳の突発性難聴で約1週間入院していました。

突然の耳鳴りと聞こえにくさから始まり、耳の奥や耳の後ろの痛み、頭皮の違和感、喉の痛みに近い症状もあり、最初は「本当に耳の病気なのか」「脳の病気?ではないのか」とかなり不安になりました。

結果として、東邦大学医療センター大橋病院に入院し、ステロイド点滴による治療を受けました。昨日退院し、現在は飲み薬を続けながら、次の治療として高気圧酸素療法へ進む予定です。

右耳の聴力はまだ戻っていません。ただ、完全に聞こえないわけじゃないです。左耳が100とすると右耳は35くらい聞こえます。とはいえ耳鳴りや閉塞感も残っています。気持ち的には発症時と何ら変わりない耳の状態。

今回の件、発症してから病院を探し、複数のクリニックを回り、入院し、検査を受け、退院後の治療方針が決まるまでの流れは、自分にとってかなり大きな出来事でした。

この記事は、医学的な解説ではなく、あくまで自分自身の備忘録です。
同時に、もし誰かが突然の耳鳴りや片耳の聞こえにくさを感じたときに、「これは様子見しない方がいいかもしれない」と思うきっかけになれば、という気持ちもあります。

発症から現在までの経緯、病院選びで感じたこと、入院中に考えたこと、そしてこれからの治療について、順番に記録しておきます。

ざっくりした経過

  • 5/29(金):右耳の耳鳴り発症
  • 5/30(土):耳鼻科受診、突発性難聴として内服開始
  • 6/1(月):内科・脳神経外科・耳鼻科・歯科を受診
  • 6/2(火):入院を勧められ、大橋病院へ
  • 6/3(水)〜6/9(月):入院、ステロイド点滴
  • 退院後:高気圧酸素療法へ
目次

Day 1:突然の異変

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5月29日(金)——最初は「奥歯の違和感」だった

5月29日、金曜日。
この日は普通の平日で、いつも通りに過ごしていました。

ただ、昼頃から右の奥歯のあたりに、なんとなく疼くような違和感がありました。

ちょうど台風が近づいているという話もあり、最初は「気圧のせいかな」くらいに思っていました。
右の歯には、以前治療したまま少し放置していたところもあったので、「そろそろ歯医者に行かなきゃな」とは思っていました。

とはいえ、はっきり歯が痛いという感じではありませんでした。

奥歯そのものというより、もっと奥。
親知らずのさらに奥、耳と奥歯の間あたり
右耳の付け根や耳の下のあたりが、少し熱を持っているような、腫れているような感じもありました。

つばを飲むと、右の喉の奥にも少し引っかかるような感覚がありました。

「風邪っぽいのかな」
「歯の奥で炎症でも起きているのかな」
「台風前の気圧のせいかな」

この時点では、本当にその程度の認識でした。

その日の夜、食事を終えたあと、ガレージでラジコンの整理をしていました。
たしか、新しく整えたガレージ部屋で撮影もしていたと思います。

撮影を終えて、静かな部屋で片付けをしていた時でした。

突然、右耳に今まで経験したことのないような大きな耳鳴りがし始めました。

耳鳴り自体は、これまでもたまにありました。
昔から、数十秒だけ「キーン」と鳴ってすぐ消えることはありました。
長くても数分で消えて、気づけば忘れている。
その程度の耳鳴りは、自分の中では珍しいものではありませんでした。

でも、この時の耳鳴りは明らかに違いました。
右耳が何かで詰まったような感覚があり、その奥で大きな「キーン」という音が鳴り続けていました。

「あれ、これはいつもの耳鳴りと違うぞ」という感じ。

ただ、この時点ではまだ、大きな病気だとは考えていませんでした。

頭が強く痛いわけでもない。
体調がものすごく悪いわけでもない。
ろれつが回らないとか、手足にしびれがあるとか、そういう症状もありませんでした。

感覚としては、歯の奥か、喉か、耳の奥か。
どこかに少し炎症のようなものがあって、それが耳の周辺に響いているのかもしれない。

そのくらいに考えていました。

もしかしたら、治療途中で放置していた歯の奥で炎症が起きて、それが耳の周辺に影響しているのかもしれない。
その時は、そんなふうにも思っていました。

翌日に控えていた兄の三回忌と、自分の家族歴

翌日の5月30日は、2年前に急死した兄の三回忌法要の日でした。

兄は52歳で脳出血により亡くなりました。
部屋で倒れているところを家族が見つけた時には、すでに半日以上が経過していて、救急搬送されてから5日後に息を引き取りました。

自分の家系は、男性が脳出血で亡くなっています。

父と祖父は80歳を過ぎていたので、寿命といえば寿命だったのかもしれません。
それでも、「男はみんな脳出血で亡くなっている」という事実は、自分の中にずっと残っています。

兄が亡くなってからは、自分も脳の検査を定期的に受けるようになりました。
不調があると、脳の病気の可能性も頭のどこかで考えるようにはしています。

とはいえ、この日の段階では、正直そこまで深刻には考えていませんでした。
翌日の法要も、普通に行くつもりでいました。

右耳の耳鳴りは気になっていましたが、体調全体が悪いわけではありません。
むしろこの時は、脳というよりも、歯や喉、耳の周辺の炎症のようなものを疑っていました。

右耳の周辺が少し熱を持っているようにも感じたので、アイスノンで冷やしながら寝ることにしました。

今思うと、それが良かったのかどうかは分かりません。
完全に自己判断です。←冷やすのダメらしい。血行が悪くなるらしい。

「とにかく、一晩寝れば治るだろう

Day 1の時点では、まだそのくらいの認識でした。

Day 2:法要の日、夕方の耳鼻科へ

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5月30日(土)—— 一晩寝ても耳鳴りは消えなかった

翌日の5月30日、土曜日。
この日は、兄の三回忌法要の日でした。

朝早く家を出て、松戸の霊園へ向かい、法要を済ませました。
その後、食事を終えて、母親を家まで送りました。

体調そのものが悪いという感じはありませんでした。
熱があるわけでもなく、動けないほど具合が悪いわけでもありません。

ただ、右耳の耳鳴りは、朝起きてもまったく消えていませんでした。

前日の夜から続いている、大きな「キーン」という耳鳴り。
右耳が詰まったような感覚。
耳の裏や耳の下あたりの痛み、熱っぽさのような違和感。

それが、ほぼ一日たっても変わりませんでした。

「これはさすがにおかしいな」

そう思いました。

前日までは、歯の奥の炎症か、喉か、気圧か、少し様子を見れば治るようなものだと思っていました。
でも、一晩寝ても変わらない。
しかも耳鳴りがずっと続いている。

ここでようやく、「これは耳鼻科に行った方がいい」と思いました。

土曜夕方、開いている耳鼻科を探す

ただ、この日は土曜日でした。

法要を終えて、母を送って、そこから病院を探し始めた時には、すでに15時頃になっていました。
土曜日の午後に診てくれる耳鼻科は、なかなか見つかりません。

それでも探していると、家の近くで夕方まで診療している耳鼻科を笹塚で見つけました。

そのまま笹塚の耳鼻科へ向かいました。
診察を受けたのは、たしか夕方5時頃だったと思います。

初めて「突発性難聴」という言葉を聞く

診察では、耳の中を見てもらいました。

中耳炎など、見た目で分かるような耳の異常は特にないとのことでした。
そのうえで言われたのが、「原因不明の突発性難聴だろう」ということでした。

この時点で、初めて「突発性難聴」という言葉が、自分の症状として出てきました。

先生からは、ストレスや疲れについても聞かれました。
「ストレスはありますか?」
「疲れはありますか?」
そんな感じだったと思います。

正直、ストレスや疲れがまったくないわけではありません。
でも、自分としては「病気になるほど何かを抱えていたのか」と言われると、そこまでの実感はありませんでした。

ただ、耳鳴りが続いていて、右耳の聞こえ方も明らかにおかしい。
耳の中に目立った異常がない。
そうなると、突発性難聴という診断になるのだろうと思いました。

初回の聴力検査では、極端に悪い数字ではなかった

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この時、聴力検査も受けました。この症状が出てから初の検査。

右耳の聴力は左耳より落ちてはいるものの、極端に悪いというほどではありませんでした。
平均聴力レベルも、右が25dB前後、左が10dB前後という結果でした。

先生からも、たしか「少し聞こえにくくなっているね」というような説明を受けた記憶があります。
一般的に見ても、この時点では「重い難聴」というより、まだ軽度の聴力低下という印象だったと思います。

ただ、自分の感覚としては、聞こえにくさ以上に耳鳴りが強烈でした。

右耳が完全に聞こえないというより、右耳の奥でずっと大きな「キーン」という音が鳴っている。
耳が詰まっているような閉塞感もある。
そのせいで、音が遠く感じるというか、右側だけ世界が少し違って聞こえるような感覚でした。

数字だけを見ると、まだそこまで悪くない。
でも、自分の体感としては、明らかにいつもと違う。

このギャップが、逆に少し不気味でした。
ちなみに、耳鳴りの音が辛いので家では扇風機 をかけたり、なにか音を出して時間を過ごしました

その日の夜からステロイドを飲み始める

この日、ステロイドの飲み薬を処方されました。

記憶では、プレドニン5mgを1回15mg、1日30mg程度から始めて、少しずつ減量していく内容だったと思います。

そのほかにも、耳の治療で使われる薬として、アデホスコーワ、ストミンA、メチコバール、痛み止めとしてカロナールなどを処方されました。

その日の夜から、処方された薬を飲み始めました。

正直、この時点ではまだ、入院することになるとは思っていませんでした。
薬を飲めば数日で少しずつ良くなるのかもしれない。
そう期待していました。

ただ、耳鳴りは相変わらず続いていました。
右耳の詰まった感じも残っていました。

その夜も、右耳まわりの熱っぽさが気になり、前日と同じようにアイスノンで冷やしながら寝ました。
今思うと、これも完全に自己判断です。

Day 2は、初めて耳鼻科を受診し、突発性難聴として治療が始まった日でした。

Day 3:日曜日、耳鳴りは続いたまま

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5月31日(日)——大きな変化はないが、頭皮にヒリヒリした痛みが出始める

日曜日は、基本的に家で過ごしました。

体調そのものが悪いわけではありません。
熱があるわけでもなく、寝込むほど具合が悪いわけでもない。

ただ、右耳の耳鳴りと閉塞感は相変わらず続いていました。

前日の耳鼻科で処方された薬を飲みながら、家のことをしたり、少し横になったりして過ごしました。

「薬を飲んでいれば、そのうち良くなるのかな」

そんな期待もありましたが、耳鳴りは消えません。
右耳の奥で、ずっと「キーン」という音が鳴っている感じです。

日曜日で病院も限られていたので、この日は大きく動かず、様子を見ることにしました。

この日の 昼過ぎ夕方ぐらいにかけてから 右耳の後ろの痛みに加え頭の皮膚にヒリヒリとしたような 痛みが出始めました。強い痛みではないです。頭痛ではなくて、本当に皮膚とか皮膚の裏側になんか、やけどのような痛みがあるかんじ。 枕が当たると痛いような感じ。

それがちょっと変化があったと言えば 変化があったことですかね。

ということで、週明けの月曜日には、もう一度どこかで診てもらった方がいい。
そう思いながら過ごした一日でした。

Day 4:月曜日、病院を回った一日

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6月1日(月)——まずは「脳」の不安を消したかった

週が明けて月曜日。
右耳の耳鳴りと閉塞感は、相変わらず改善していませんでした。

土曜日に耳鼻科を受診し、突発性難聴だろうと言われ、ステロイドの飲み薬も始めていました。
それでも、耳鳴りは消えない。
右耳の奥や耳の裏、耳の下あたりの違和感も続いている。
頭皮の痛みも広がっているような気がします。

体調そのものが悪いわけではありません。
ただ、やはり怖かったのは「脳」でした。

自覚症状として、脳出血や脳梗塞を強く疑うようなものがあったわけではありません。
ろれつが回らないとか、手足がしびれるとか、激しい頭痛があるとか、そういう症状はありませんでした。

それでも、家族歴のこともあります。
もし脳の中で小さな出血や何かしらの異常が起きていて、それが耳の症状に影響していたらどうしよう。

その不安がありました。

まずは、いつも血圧の薬をもらっていて、CPAP治療の相談もしている、かかりつけの内科クリニックに行くことにしました。

かかりつけ内科で相談。MRIを撮ることに

朝一番で内科クリニックへ行き、現在の状況を説明しました。

右耳の耳鳴りが続いていること。
土曜日に耳鼻科へ行き、突発性難聴と言われたこと。
ステロイドの飲み薬を処方されて、すでに飲み始めていること。
それでも、耳の裏や耳の下の痛み、違和感が続いていること。

さらに、自分で調べている中で、帯状疱疹やヘルペス系のウイルスが耳まわりに影響するケースもあるように感じたので、そのことも相談しました。

すると、先生は抗ウイルス薬も出してくれることになりました。
この日から、バラシクロビル500mgを飲み始めることになります。

自分の中では、ここはかなり大きなポイントでした。

耳の裏の痛み。
耳の周辺の違和感。
父親も以前、頭の帯状疱疹をやった記憶があること。
そして、最悪の場合はラムゼイ・ハント症候群のようなものもあるのではないか、という不安。

もちろん、この時点で発疹や水ぶくれがあったわけではありません。
顔面麻痺もありませんでした。
だから、帯状疱疹だと確定したわけではありません。

ただ、ウイルス性の可能性にも対応する薬を、このタイミングで飲み始められたことは、今振り返っても意味があったのではないかと思っています。

一方で、先生からはこう言われました。

「あなたの場合は心配だから、念のため脳のMRIを撮りに行きなさい」

兄のことがあってから、自分は何かあると脳の検査を受けるようにしていました。
以前めまいのような症状があった時にも、同じようにMRIを撮ったことがあります。

今回も、その足で脳神経外科クリニックへ向かいました。

脳神経外科でMRI。脳には異常なし

内科クリニックを出たあと、そのまま脳神経外科クリニックへ行き、MRIを撮りました。

結果として、脳には異常はありませんでした。

出血もない。
耳鳴りや難聴を起こすような脳の中の神経の部分にも、問題は見当たらない。
脳に関しては心配する必要はない、という説明でした。

これは本当に一安心でした。

もちろん、右耳の症状が良くなったわけではありません。
耳鳴りも難聴も、そのまま残っています。

でも、少なくとも「脳ではなかった」という確認が取れたことは、自分にとって大きかったです。

別の耳鼻科へ。薬の量を増やすことに

脳の問題ではないことが分かったあと、次は耳鼻科です。

土曜日に行った笹塚の耳鼻科は少し遠く、継続して通うには少し大変だと感じていました。
そこで、あらためて調べて、評判の良さそうな別の耳鼻科を受診しました。

そこで再度、耳の診察と聴力検査を受けました。

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結果として、聴力は土曜日よりも少し下がっているようでした。
先生からは、耳の中の状態を見たうえで、ヘルペスウイルスの初期のようにも見える、というような話もありました。

ただ、現時点ではやはり「突発性難聴」と言うしかない、という説明でした。

そして、土曜日に最初の耳鼻科で処方されたステロイドの量について、
「この量だと少ない」
「もっとしっかり飲んだ方がいい」
ということで、薬を処方し直してもらうことになりました。

先生からは、理想としては入院治療という話も出ました。

ただ、1週間の入院となると、仕事や生活のこともあり、正直かなり大変です。
その時点では、自分としてもすぐに入院する決断はできませんでした。

そこで、この日はまず飲み薬で治療を続けてみることにしました。

今思えば、この時点で入院の話はすでに出ていたわけです。
ただ、その時の自分には、まだ「入院するほどのことなのか」という実感がありませんでした。

歯科にも行った。歯が原因ではなさそうだった

その日はさらに、近所の歯科にも行きました。

発症の最初が奥歯の違和感のようなものだったこと。
耳の奥や耳の下の感じが、なんとなく歯と関係しているようにも思えたこと。
治療途中で放置していた歯のことも気になっていたこと。

そういう理由で、念のため歯科でも診てもらいました。

結果として、歯が直接の原因ではなさそうだと言われました。

ただ、肩こりがかなり強いこと。
顎の関節まわりが固いこと。
食いしばりも強そうだということ。

そういった指摘はありました。

先生は、顎まわりの調整のような治療をしてくれました。
それで耳がどうこうなるとは限りませんが、肩や首、顎まわりの負担がかなりあることは、この時あらためて意識しました。

この日のまとめ

この月曜日は、本当に病院を回った一日でした。

かかりつけ内科。
脳神経外科でMRI。
別の耳鼻科。
そして歯科。

結果として、脳には異常なし。
歯が直接の原因でもなさそう。
耳鼻科では、やはり突発性難聴として治療を続ける流れになりました。

そして、この日から抗ウイルス薬も飲み始めました。

突発性難聴なのか。
ヘルペス系のウイルスが関係していたのか。
歯や顎、首肩の問題がどこまで関係していたのか。

この時点では、まだ何もはっきりしていませんでした。

ただ一つ言えるのは、症状が出てから数日のうちに、脳、耳、歯、それぞれの可能性を一気に確認しに行った日だったということです。

それでも、右耳の耳鳴りは消えませんでした。

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この日感じた、クリニック巡りの怖さ

この日は、内科、脳神経外科、耳鼻科、歯科と、いくつものクリニックを回りました。結果として、脳に異常がないことが分かり、歯が直接の原因でもなさそうだと確認でき、耳鼻科では治療方針も少し前に進みました。それぞれのクリニックで診てもらえたこと自体は、本当にありがたかったです。

ただ一方で、症状が急に出ていて、しかも突発性難聴のように早期治療が大事と言われる病気の場合、どこに行けばいいのか、何を優先すればいいのかを、不安な状態のまま自分で判断しながら動かなければいけない怖さもありました。

内科なのか、耳鼻科なのか、脳神経外科なのか、歯科も関係しているのか。クリニックを一つずつ回っている間に、もし手遅れになるような病気だったらどうするんだろう。そんな不安も正直ありました。

もちろん、いきなり大学病院や大きな病院で、すべてを一度に診てもらえるわけではありません。医療には役割分担があり、現実的な流れもあります。ただ今回のことをきっかけに、自分の今後の医療体制については、かなり考えるようになりました。このあたりの話は、最後の方であらためてまとめようと思います。

Day 5:入院を勧められた日

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6月2日(火)——もう一度、耳鼻科へ

火曜日。
前日にいくつかの病院を回り、突発性難聴として治療を続ける流れにはなっていました。

ただ、右耳の耳鳴りと閉塞感は相変わらず改善していませんでした。

右側の頭皮のヒリヒリするような痛みも強くなってきています。
頭痛というより、皮膚の痛みです。
重度の日焼けをした時のような、火傷した後の皮膚のような、右半分の頭皮がピリピリする感じ。

耳の裏や耳の下の違和感も続いていて、自分の中では「やっぱり帯状疱疹系なのではないか」という不安もありました。

内科でもらった抗ウイルス薬は飲み始めていましたが、このまま飲み薬だけで様子を見ていていいのか。
本当に大丈夫なのか。

そう考えると、もう一度、耳鼻科で相談した方がいいと思いました。

「本当は、今日も来ないで休んでいてほしい」

耳鼻科では、症状が良くなっていないこと、耳鳴りが続いていること、右側の頭皮にヒリヒリした痛みが出てきたことを伝えました。

検査をしても、聴力は大きく改善していませんでした。
耳の中の状態も見てもらいましたが、はっきりした発疹や水ぶくれが出ているわけではありません。

それでも先生からは、やはり入院した方がいいと言われました。

その時に印象に残っているのが、先生のこの言葉です。

「この病気は、とにかく安静にして、ゆっくり休むことが大事です。
本当は、今日も病院に来ないで休んでいてほしいくらいなんです」

たしか、そんなニュアンスのことを言われました。

それを聞いて、自分の中で少し納得した部分がありました。

自分みたいに、不安になるといろいろな病院を調べて、あちこち駆け回ってしまうタイプの人間は、家にいても本当の意味では休めないのかもしれない。
だったら、覚悟を決めて入院して、1週間しっかり静養した方がいい。

先生は、そういうことも含めて入院を勧めてくれているのだと感じました。

紹介状を持って、大橋病院へ

先生はすぐに紹介状を書いてくれました。

「このあと、東邦大学医療センター大橋病院へ行きなさい」
「そこで入院するかどうか相談しなさい」
「君にとってベストな治療は入院だと思う」

かなりはっきり、そう言ってくれました。

その時の先生の判断には、本当に感謝しています。
こちらに判断を丸投げするのではなく、迷っている自分を必要な方向に導いてくれたような感覚がありました。

そのまま紹介状を持って、東邦大学医療センター大橋病院へ向かいました。

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病院では耳鼻科の診察を受け、検査も行いました。
診断としては、やはり突発性難聴。
ラムゼイ・ハント症候群の可能性も完全には否定できないものの、現時点でできる治療はステロイド治療が中心、という話でした。

そして、入院してステロイド点滴を受ける方針になりました。

この時点で、ようやく自分の中でも「これは入院して治療した方がいいんだな」と腹が決まりました。

ただ、その日のうちに入院するには準備も必要でした。
仕事のこと、家のこと、家族への連絡、入院に必要なもの。
いろいろ整える必要があったので、入院は翌日からということに。

その日は一度家に帰り、家族や職場にも状況を伝えました。

翌日から、1週間の入院治療が始まることになります。

Day 5は、自分にとって大きな転換点でした。
飲み薬で様子を見る段階から、入院して本格的に治療する段階へ進むことになった日でした。

初めて行った大橋病院で感じた安心感

東邦大学医療センター大橋病院が比較的近所にあること自体は、以前から知っていました。ただ、実際に受診するのはこの時が初めて。

行ってみると、とても綺麗な病院で、総合病院ならではの安心感がありました。
自分の中では、ここに来た時点で少し気持ちが落ち着いた部分があります。

家から近いというのも大きかったです。
車なら10分ちょっと。歩いて少し遠出の散歩をする時に、近くを通ることもあるような場所です。

だから、入院するとしても、まったく知らない遠くの病院に行くという感じではありませんでした。
家から切り離された場所に行くというより、生活圏の中にある病院に入る感覚でした。

もちろん、入院そのものに不安はありました。
でも、この病院なら落ち着いて治療を受けられるかもしれない。
そう思えたことも、入院を決めるうえでは大きかったと思います。

ちなみに自分が入院するのは小5の時に鎖骨骨折をして以来40年ぶりです

Day 6:入院初日

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6月3日(水)——1週間の入院治療が始まる

翌日、東邦大学医療センター大橋病院へ入院しました。

入院は午後からで、手続きを済ませ、その日からステロイド点滴による治療が始まりました。

ここからは、基本的には病院の中で治療を受けながら過ごす日々になります。
正直、入院中の毎日を細かく書いても長くなりすぎるので、ここからは印象に残っていることを中心にまとめていきます。

入院前に少し心配していたのが、病室のことでした。

自分は睡眠時無呼吸症候群があり、普段からCPAPを使っています。
ただ、家ではCPAPをつけていても、途中で苦しくなって外してしまうことがありました。

そのため、入院中に一番気になっていたのは、治療そのものだけでなく、同じ病室の人たちに自分のいびきで迷惑をかけてしまわないか、ということでした。

できれば個室を希望したかったのですが、空きの問題もあり、空いている部屋はかなり高額でした。
1泊5万円ほどの部屋はさすがに現実的ではなく、最終的には差額ベッド代のある4人部屋(¥8,250)に入ることになりました。

この点は、入院生活の中でもかなり気にしていたところです。

ただ結果として、入院中はCPAPが思ったよりうまく使えました。
口にテープを貼るなど、自分なりに工夫もしました。
おそらく、心配していたほど周囲に迷惑をかけることはなかったのではないかと思っています。

こうして、1週間の入院生活が始まりました。

耳鳴りと右耳の聞こえにくさは残ったままでしたが、少なくとも治療に集中できる環境に入ったことで、少し気持ちは落ち着いたように思います。

Day 7〜11:入院生活とステロイド点滴

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6月4日(木)〜6月8日(月)——治療に集中する日々

6月3日から、東邦大学医療センター大橋病院での入院生活が始まりました。

治療の流れとしては、毎朝9時頃から点滴が始まり、だいたい2時間ほどかけて行うような感じでした。
薬の量は、日を追うごとに少しずつ減らしていく形で最後の方は1時間ほどで点滴終了。

正直、入院前はもっといろいろな治療をするのかと思っていました。
でも実際には、基本的に午前中に点滴を受けて、それが終わるとその日の大きな治療はほぼ終了です。

その後は、病室で安静に過ごす。
必要に応じて診察や検査を受ける。
院内のコンビニへ行く。
シャワーを予約して入る。
食事をして、夜は消灯時間に合わせて寝る。

現実の入院生活は、そんな感じでした。

「これなら毎日病院に点滴だけ受けに来て、家に帰ってもいいんじゃないか」と思ったこともあります。
ただ、突発性難聴は安静が大事だと言われていましたし、症状や薬の影響を見ながら治療することを考えると、やはり入院という形に意味があったのだと思います。

入院して感じた安心感

入院して一番大きかったのは、やはり安心感でした。

毎日、先生が回診に来てくれて、症状の変化や不安に思っていることを伝えることができます。
右耳の聞こえ方、耳鳴り、閉塞感、頭皮のヒリヒリした痛み。
そういった変化を、その都度話せる環境があるのは大きかったです。

自分には脳出血の家族歴があり、今回もどこかで「本当に脳は大丈夫なのか」という不安が残っていました。
入院前にMRIでは問題ないと言われていましたが、それでも不安が完全になくなったわけではありません。

そうした不安についても相談でき、必要に応じて検査をしてもらえる。
薬の情報や検査結果も、同じ病院内でつながっている。

個人クリニックをいくつも回っていた時とは違い、一つの病院の中で情報がまとまっていることに、かなり強い安心感がありました。←ただし理想と現実はそう簡単なモノでは無いが・・・。

ステロイドの影響と、病院での生活

一方で、ステロイド治療中は体にも変化がありました。

夜の寝つきが悪かったり、日中に強いだるさを感じたり、微熱っぽさが出たりすることもありました。
これが薬の影響なのか、入院生活の影響なのか、自分でははっきり分かりません。
ただ、普段とは違う体の感じはありました。

それでも、病院での生活はかなり規則的でした。

決まった時間に食事が出る。
食べるものは病院食だけ。
夜は消灯時間があり、寝る時は部屋を暗くして、CPAPをつけて目を閉じる。

普段の自分は、寝る直前までパソコンを触ったり、スマホを見ながら寝落ちしたりすることが多い生活でした。
でも入院中は、そういう生活から強制的に切り離されました。

最初は退屈でしたが、結果的にはそれが良かったのかもしれません。
体の中が少しずつ整っていくような、浄化されていくような感覚もありました。

思ったより、何もできなかった

入院する時には、パソコンも持ち込みました。

仕事やブログ、いろいろできることはあるだろうと思っていたのですが、実際にはほとんどできませんでした。
頭がうまく回らないというか、集中力が続かない。
結局、パソコンは動画配信サイトで動画を見るくらいにしか使わなかったと思います。

家族も何度か来てくれて、それはかなり気分転換になりました。
入院生活は基本的に暇です。
でも、その暇さも含めて「休む」ことだったのかもしれません。

自宅にいたら、たぶんずっと調べ物をしていたと思います。
突発性難聴、耳鳴り、ヘルペス、ラムゼイ・ハント症候群、ステロイド、副作用。
不安になって、また調べて、さらに不安になる。
そんなループに入っていたかもしれません。

病院にいることで、少なくともそのループからは少し離れられました。

聴力検査では、低音域に少し改善も

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入院中に何度か聴力検査を受けました。

結果として、低音域については少し改善が見られたようでした。
ただ、高音域については大きな変化はなく、耳鳴りも閉塞感も残ったままでした。

先生によると、短期間で改善する病気ではないので 2ヶ月3ヶ月とか長い目で回復を目指す、回復を期待するというようなことになるということでした。

Day 12:退院。そして次の治療へ

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6月9日(月)——最後の点滴を受けて退院

6月9日、月曜日。
この日は退院の日でした。

朝、最後のステロイド点滴を受けました。
それが終わり、退院の手続きをして、家族が迎えに来てくれました。
病院からは一緒にタクシーで帰り、その日は家でゆっくり過ごしました。

入院前の慌ただしさを考えると、ようやく家に帰ってきたという安心感はありました。

ただ、耳の状態が大きく改善したわけではありません。

右耳の耳鳴りはまだ続いています。
閉塞感もあります。
聞こえ方も、左耳とは明らかに違います。

聴力検査では音に反応できる部分もあります。
まったく聞こえていないわけではありません。

でも、自分の体感としては、右耳に耳栓をして塞がれているような感覚です。
左耳を塞ぐと、音はどこかで聞こえているような気もする。
骨伝導のように響いている感じもある。
でも、普通に右耳で聞こえている感じではない。

人間は普段、左右の耳で自然に音を聞いています。
それが片側だけ大きく崩れると、世界の聞こえ方そのものが変わってしまうような感覚があります。

一方で、耳の裏や耳の周辺の痛みはかなり落ち着きました。
右耳まわりの痛みは、今はほとんどありません。

頭皮のヒリヒリした痛みも、まだ少し残っていますが、一番ひどかった時を100とすると、今は30くらいまで落ち着いている感覚です。結局 仮に帯状疱疹系の症状だったとしたのなら、初期に飲んだ抗ウイルス薬で 抑え込めたのかなと、、、これは僕の勝手な予想なんですがそんな気もします。ただ、耳鼻科担当医によれば、だとしてもやはり 発疹水膨れはできるので違ったんじゃないかな、っていうようなこともちらっと言ってました。結局よくわからないというのが現状。

退院時には、主治医から次の治療に向けた紹介状も書いてもらいました。
今後は、飲み薬を続けながら、高圧酸素療法を受ける予定です。

退院は、治療が終わったという意味ではありません。
むしろ、入院でのステロイド点滴が一区切りつき、次の治療へ進むための通過点という感覚です。

右耳がどこまで戻るのか。
耳鳴りは軽くなるのか。
閉塞感は消えていくのか。
まだ分からないことばかりです。

突発性難聴について調べると、とにかく発症から早い段階でステロイドなどの治療を始めることが、回復の可能性を高めるうえで大事だと言われています。

その意味では、自分の場合、発症翌日には最初の耳鼻科でステロイドの内服を始めていました。
用量としては後から「少なめだった」と言われましたが、それでも翌日から治療を開始できていたことは、一つの安心材料ではあります。

その後、別の耳鼻科でステロイドの量を増やしてもらい、発症から数日後には入院して点滴治療も始めることができました。結果がどうなるかはまだ分かりません。耳鳴りも閉塞感も、右耳の聞こえにくさも残っています。

それでも、振り返ってみると、自分にとって選べる範囲での最善に近い治療は、比較的早い段階で選択できたのではないかと思っています。

入院してステロイド点滴を受け、脳の不安も検査で確認し、ウイルス系の可能性にも薬で対応し、次は高圧酸素療法へ進む。

不安はまだあります。
でも、今は次にできる治療を一つずつ進めていくしかありません。

6月9日は、退院の日であり、次の治療フェーズに進む日でもありました。

退院後の治療:高圧酸素療法へ

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退院時に、主治医から次の治療として「高圧酸素療法」という選択肢があると説明を受けました。

突発性難聴に対して行われることがある治療のようですが、先生からは「これをやれば確実に治る」というものではない、という説明もありました。
一方で、改善する人もいるため、希望するなら紹介状を書く、という話でした。

高圧酸素療法を行っている病院は限られているようで、いくつか候補がある中で、自宅から通いやすい東京都立荏原病院を紹介してもらうことになりました。

入院中にステロイド点滴を受け、退院後も飲み薬は続いています。
そのうえで、追加の治療として高圧酸素療法を受ける流れになりました。

効果については、やってみないと分かりません。
ただ、主治医から選択肢として提示された治療なので、まずは通院して受けてみることにしました。

費用については、病院で聞いた話と、自分で調べた情報に少し違いがありました。
保険適用の有無や実際の自己負担額については、明日、荏原病院の耳鼻科で診察を受けたうえで確認することになります。

1回あたりの費用や回数についても、まだはっきり分かっていません。おそらく1回1万で10回セットみたいな そんな感じみたいです。

明日はまず、東京都立荏原病院の耳鼻科で診察を受け、そこで今後の方針を聞く予定です。

今回かかった費用について

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ここからは、かなり現実的な話です。
今回、発症から退院までにかかった費用についても、備忘録として残しておこうと思います。

細かい領収書を一つひとつ載せるつもりはありませんが、今回の流れとしては、

  • 最初の耳鼻科
  • かかりつけの内科クリニック
  • 脳神経外科でのMRI
  • 別の耳鼻科
  • 歯科
  • 再度、耳鼻科
  • 東邦大学医療センター大橋病院での診察
  • その後、1週間の入院

という形でした。

入院費として支払った金額は、約17万5千円でした。
これとは別に、入院前の各クリニックでの診察代、MRI、薬代などもかかっています。

ざっくりした感覚としては、退院までに合計で21万円ちょっとはかかっていると思います。
実際には、もう少し上かもしれません。

治療費については、健康保険と限度額制度が適用されていました。ただ、今回の入院費は自分の限度額には達していなかったようで、結果として入院費は約17万5千円でした。

差額ベッド代や食事代なども含まれているので、やはり入院となると安い費用ではありません。
それでも、医療制度があることで現実的に治療を受けられている部分は大きいと感じました。

ここは少し分かりにくいところですが、同じ月・同じ医療機関で医療費がさらに大きくなった場合には、限度額認定によって自己負担が一定額に抑えられるケースがあります。
ただし、病院が変わる場合や、外来・入院の扱いなど、細かい条件によって変わると思うので、正確なことは病院や保険者に確認した方が良いと思います。

今回、自分が少し気になっているのは、高圧酸素療法の費用です。

退院後に東京都立荏原病院で高圧酸素療法を受ける予定ですが、これが保険適用になる場合でも、回数が重なるとそれなりの金額になる可能性があります。
もし高圧酸素療法まで含めて最初から同じ病院で受けられていたら、限度額認定の枠の中で収まる部分もあったのかもしれません。

もちろん、これは実際にどう扱われるかを確認しないと分かりません。
ただ、突発性難聴で入院治療を考える場合、ステロイド点滴だけでなく、高圧酸素療法まで受ける可能性があるなら、最初からそうした設備がある病院を選ぶという考え方もあるのかもしれない、と今回感じました。

大学病院の安心感と、理想と現実

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今回、東邦大学医療センター大橋病院に入院して、素直に感じたことがあります。

それは、できることなら今後、自分の体のことをこの病院でまとめて診てもらいたい、という気持ちでした。

今回の発症から入院までの数日間、僕はいくつものクリニックを回りました。
内科、脳神経外科、耳鼻科、歯科。
それぞれの先生に診てもらい、それぞれの判断をもらいました。

もちろん、どの先生にも感謝しています。
ただ、クリニックを自分で探して、自分で予約して、自分で移動して、それぞれの結果を自分の中でつなぎ合わせて考えるというのは、想像以上に大変でした。

特に今回のように、突発性難聴なのか、脳の問題なのか、歯や顎の問題なのか、ウイルス系なのか、自分では判断できない症状の場合、「このままクリニックを回っている間に、もし手遅れになるような病気だったらどうしよう」という不安がありました。

過去にも、内科から脳のMRIを撮るように言われ、紹介状を書いてもらい、予約して、実際に検査を受けるまでに数日かかったことがありました。
もちろん本当に危険な状態なら救急車を呼ぶべきなのですが、患者側としては、その判断自体が難しい。

その点、大きな病院に看てもらえる安心感はかなり大きかったです。

検査結果、薬の情報、診療科の情報が、同じ病院の中でつながっている。
不安なことがあれば先生に相談できる。
必要があれば院内で検査をしてもらえる。

これは、個人クリニックを一つずつ回っている時には得られない安心感でした。

以前、母ががんで入院していた時にも、同じようなことを感じました。
整形外科、放射線科、口腔外科など、必要な診療科を主治医が同じ病院内でつないでくれて、検査結果もその日のうちに出る。
1日がかりにはなるけれど、一つの病院の中でいろいろなことが進んでいく。

そういう体制は、患者や家族にとって本当に心強いものです。

ただ、今回の入院中に相談して分かったのは、現実はそう単純ではないということでした。

大学病院や総合病院は、基本的には急性期や重症の患者さんを診る場所です。
日常的な健康管理や薬の処方、予防的な相談は、やはり町のクリニックが担うものだということでした。

入院していると、それもよく分かりました。

同じ病棟には、自分よりもはるかに重い病状の方もいました。
そういう患者さんたちを見ていると、自分の「全部この病院で診てもらいたい」という希望だけで、大学病院に日常的に通い続けるというのは、やはり現実的ではないのだと思いました。

それでも、今回この病院にかかったことで、自分の中では一つの安心材料ができました。

今後、耳鼻科のことで何かあれば、また相談できるかもしれない。
もし大きな病気や急な異変があった時にも、「以前この病院にかかったことがある」という事実は、自分にとって少し安心につながります。

今回感じたのは、日頃の健康管理は信頼できるクリニックで行い、必要な時には紹介状を書いてもらって大きな病院につないでもらう。
そのルートを自分の中で作っておくことが大事なのかもしれない、ということでした。

大学病院や総合病院に過剰な期待をするのではなく、でも必要な時にはきちんと頼れるようにしておく。

今回の入院は、耳の治療だけでなく、これから自分がどう医療と付き合っていくかを考えるきっかけにもなりました。

最後に:ここからは、回復を待ちながら少しずつ

今回、右耳の突発性難聴で1週間入院し、退院後も治療は続いています。

正直なところ、右耳の聴力がどこまで戻るのかは分かりません。
今も耳鳴りと閉塞感は残っています。

聞こえにくさについては、もし残ってしまったとしても、補聴器などで補える部分があるのかもしれません。
ただ、自分にとって一番つらいのは、やはり耳鳴りです。

右耳の奥でずっと鳴っている「キーン」という音。
これが常に頭の中にある感覚は、かなり不快です。

今後、聴力が少しでも戻ってくれるのか。
耳鳴りが小さくなっていくのか。
あるいは、脳が少しずつ慣れて、気になりにくくなっていくのか。

まだ分かりません。

ただ、できる治療は続けながら、少しずつ日常に戻っていこうと思っています。

耳の状態や高圧酸素療法のことについては、今後も機会があればまた記録していきます。

退院して、気分も少しずつ戻ってきました。
ラジコン関係の情報発信や、自分の活動も、無理のない範囲で徐々に再開していこうと思っています。

しばらくは様子を見ながらになりますが、また少しずつ動いていきますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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突発性難聴

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コメント

コメント一覧 (8件)

  • 初めてコメントさせて頂きます。
    いつもブログ記事を拝見し、参考にしながらクローラーライフを楽しんでおります。

    この度は通院〜入院と、とても大変でしたね。。
    私の友人も以前発症し、苦労していた記憶があります。(彼は夜勤が身体に合わず、日勤に移って良くなったと記憶しております)

    私自身入院はあまり経験ないですが、数年前父親が脳梗塞で数ヶ月入院、先日は子供と妻が手術で入院等、身近な大切な人が入院することが多く、気の抜けない日々でした。
    ブログでも書かれている通り、金銭面の不安というのは何処までも付き纏いますよね

    どうか症状が寛解されることを陰ながら祈っております!

    • ありがとうございます。

      「これは今までと違う」という感じがしたので入院の決断は早くできました。
      思い返せば2年前くらいから睡眠障害など不調が重なっていたのかもしれません。
      気長にゆっくり直っていけば良いなと願っています。

      費用はヘビーですね(笑)

  • いつもブログ、YouTube共にとても楽しみにしています。
    回復、心よりお祈りしております。

  • いつも楽しく読ませていただいています。
    少し間が空いていたのでなく何かあったかと思っておりました。
    突発性難聴とのこと。費用面もそうですが精神的にも色々大変だったと思います。
    お身体ご自愛くださいませ。

  • いつもブログ参考にさせて頂いております
    私も2年前に突発性難聴になり高音域が機械音みたい聞こえ、大きな耳鳴り、空気は入ったような感覚がある状態でした 幸いにもステロイドの飲み薬で3週間程で完治しました。
    脳がなれてきた?マシになってきた?と思いながら気づいたら治っていましたので、ストレスになっているとは思いますが気長に治療してください!

    またブログ、YouTube楽しみにしております

    • ありがとうございます。
      希望が持てるコメントありがとうございます。

      自分も今まさに、
      耳鳴りの感じ方が以前と変わってきた感じや、
      なんとなく耳が聞こえてきたのかな。
      そんな感じもしてきているので、同じ兆候だと嬉しいです。
      どうもありがとうございます!!

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